東京都品川区南品川にある江戸三十三箇所観音霊場の第31番が品川寺(ほんせんじ)。寺伝では大同年間(806年〜810年)に空海(弘法大師)開山という古刹です(ただし空海が東国に布教に来たという裏付けはありません)。長禄元年(1457年)、江戸城を築いた太田道灌が伽藍を建立しています。銅造地蔵菩薩坐像は、江戸六地蔵の第一番。
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航海安全の守護神として知られる道教の女神、媽祖(まそ)。「玉皇大帝」「天公」ともいわれ、中国の民間信仰では最高神にされているほどです。あらゆる神・仙人を統御し、人間の行為を算定して運命を決定すると信じられてきた媽祖を祀るのが横浜中華街にある横浜媽祖廟(よこはままそびょう)です。
江戸時代末期には半農半漁100戸ほどの小さな村だった横浜。黒船が来航し開いた港には、西洋文化がどっと上陸。それまで乗り物といえば駕籠(かご)だった日本で、関門のあった吉田橋と居留地を結ぶ馬車を通すために造成されたのが馬車道です。馬車道には「日本初」というものが多く、たとえば明治5年に初点火したガス灯もそのひとつ。
江戸の入口には東海道沿いの鈴ヶ森刑場(現・東京都品川区南大井)と日光街道沿いの小塚原刑場(荒川区南千住2丁目)、八王子・浅川河原(八王子市大和田町)の大和田刑場と3ヶ所の処刑場がありましたが、慶安4年(1651年)に東海道沿いに設置された刑場が鈴ヶ森刑場。第一京浜(国道15号)の傍らに刑場跡が残されています。
東京都品川区北品川3丁目に鎮座する東京十社のひとつ品川神社は、文治3年(1187年)、源頼朝創建という古社ですが、その境内で東海道を見下ろすようにそびえるのが東京随一の高さを誇る富士塚の品川富士です。東京23区内に残る「江戸七富士」のひとつで、比高は15mという巨大な富士塚です。
文治3年(1187年)、源頼朝が安房国の洲崎神社(すさきじんじゃ=館山市洲崎)から、海上交通安全と、祈願成就の守護神として、天比理乃咩命(あまのひりのめのみこと)を勧請して祀り、品川大明神としたのが始まりという古社。東京十社のひとつで、東海七福神の大黒天を祀っています。
横浜港・新港地区のシンボリックな風景のひとつが、横浜赤レンガ倉庫。新港埠頭脇に、古めかしくも美しいかつての2棟の倉庫が連なっています。明治32年、新港埠頭建設により、物資の一時保管場所として建てられたのが始まりで正式名は新港埠頭保税倉庫。設置当初から戦前までは税関施設として横浜税関が管理していました。
生糸の輸出全盛時代に、新港埠頭と当時の横浜駅(現在の桜木町駅)を結ぶ横浜臨港線として、明治43年8月15日に開通し、明治44年9月1日に横浜港荷扱所として開業したのが横浜港駅。大正9年7月23日付で正式に横浜港駅(よこはまみなとえき)となったプラットホームが横浜赤レンガ倉庫横に、旧横浜港駅プラットホームとして現存。
日本丸メモリアルパーク脇から、新港地区にある横浜ワールドポーターズまでの海上を歩く歩行者専用道が汽車道(きしゃみち)。かつての横浜臨港線の廃線跡で、みなとみらい21地区のホテル群や大観覧車を目に、のんびり歩けるプロムナードになっていいます。足元には、明治時代のトラス橋の遺構が3つ連続しています。
汽車道に3つ連続するかつての鉄道橋のうち、旧横浜駅(現・桜木町駅側)から3番目にあり、もっとも小さな橋が港三号橋梁。明治39年に架設された北海道炭礦鉄道夕張線の夕張川橋梁の100フィート鈑桁橋(鋼ワーレントラス橋)で昭和3年、横浜生糸検査所引込線の大岡橋梁として転用されたもの。
明治32年に始まった横浜港の新港埠頭の造成にともない明治44年に開通した横浜臨港線の2つ目の橋梁が港二号橋梁。現在は歩行者専用の汽車道の一部として保存されています。港一号橋梁と同様に、明治40年にアメリカン・ブリッジ社で製作され、明治42年に鉄道院によって架橋されたもの。
明治44年に開通した初代横浜駅(桜木町駅)と新港埠頭を結ぶ臨港線に架橋された橋。現在は汽車道の遊歩道、人道橋として余生を送っています。1907年(明治40年)に、港二号橋梁とともにアメリカン・ブリッジで製作された30フィートの鈑桁橋2連と100フィートのトラス橋からなる鋼トラス橋で、明治42年に当時の鉄道院が架橋。
明治37年に千葉方面へのターミナル駅として総武鉄道の両国橋駅として開業した歴史ある駅がJR総武本線の両国駅。現存する両国駅舎は昭和4年12月30日開業というレトロなもの。駅舎内にはイベントなどで使われる土俵の周囲に粋な江戸の食文化を楽しむをコンセプトにした「両国 江戸NOREN」が営業し、人気スポットになっています。
東京都文京区白山にある天台宗の寺、円乗寺。本堂のすぐ前にあるのが八百屋お七墓。寺伝では、天和2年12月28日(1683年1月25日)の天和の大火(大円寺の塔頭の大竜庵から出火)で焼け出され、菩提寺・円乗寺に避難したのですが、避難中に円乗寺の小姓・山田佐兵衛と恋仲に。家に火をつければまた会えると自宅に放火したとされています。
東京都墨田区、JR総武本線両国駅前にある江戸と東京の歴史、文化を総合的に紹介するミュージアムが江戸東京博物館。高床式を意識してデザインされたユニークな形をもつ建物が特徴(建物の設計は菊竹清訓)。地下1階、地上7階、敷地面積は東京ドームの2.4倍という広さで、平成30年4月にリニューアルオープン。
JR葛西臨海公園駅のすぐ目の前から公園が始まる葛西臨海公園(かさいりんかいこうえん)。敷地面積は東京ドームの17個分にも相当するという広大なもの。東京湾一望のシーサイドリゾートで、干潟の環境をできる限り復元した鳥類園エリア、水族館エリア、蓮池や散策路、宿泊施設「江戸川シーサイドホテル」を備えた芝生エリアなどがあります。
葛西臨海公園の海岸部、海に突き出した人工の海浜が葛西海浜公園。葛西臨海公園の展望広場側から葛西渚橋で渡ることのできる西なぎさ(15ha)、その東側の東なぎさ(10ha)があり、西なぎさにはバーベキューエリア、多目的トイレも設けられています。東なぎさは、鳥や貝のサンクチュアリで立入禁止になっています。
東京都江戸川区の葛西臨海公園にある水族館。上野動物園の開園100周年の記念事業として、上野にあった水族館に代わって、平成元年10月10日に葛西にオープン。600種を超える海中生物が観察可能で、規模、内容とも都内随一。クロマグロ、アカシュモクザメの長期にわたる展示は葛西臨海水族園が初のチャレンジでした。