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【待ち合わせ場所/銀座】 和光本店

銀座の待ち合わせ場所といえば候補はいろいろありますが、もっともハイカラで、ハイソで、銀座らしい場所といえば、和光本店。日本建築士会連合会の「東京都のランドマーク」にも認定で、まさに、東京の待ち合わせ場所の筆頭。しかも和光本店の建つ銀座4丁目界隈は、地価日本一の場所です。

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「日本考古学発祥の地」碑

1日9万人以上の乗降客を誇るJR大森駅は、日本で最初の鉄道が新橋〜横浜間に開業した4年後の明治9年6月12日。その翌年、横浜から新橋へ移動途中の汽車の車窓からモースが貝塚を発見。これが日本の考古学発祥となったため、モースが発掘調査のために降り立った大森駅のホームに「日本考古学発祥の地」碑が立っているのです。

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大森貝塚(大森貝塚遺跡庭園)

日本で初めて考古学としての科学的調査が行なわれた遺跡といわれる大森貝塚。明治10年、新橋へ向かう汽車の窓から、アメリカ人動物学者のE.S.モース博士が、貝殻の堆積している場所を発見。まもなく調査が行なわれ、これが日本の近代的考古学の出発点となったとか。品川区内の遺跡一帯が大森貝塚遺跡庭園(国の史跡)です。

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大森貝墟の碑(史跡大森貝塚)

大森貝塚といわれる場所は品川区(大森貝塚遺跡庭園)と、大田区の京浜東北線線路横の2ヶ所あります。大田区側には「大森貝墟」(おおもりかいきょ)の碑が立てられています。

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富津市 東京湾フェリー 見る

「千葉・富津 東京湾フェリーと志駒もみじロード」

[aside type=”normal”] この記事は「じぶん日記」から寄稿していただきました。
元記事はコチラ ▶ 「千葉・富津 東京湾フェリーと志駒もみじロード」 : じぶん日記 [/aside]

良いお天気で、東京湾から富士山が見えました!

昨年から船旅にお誘いを受けることが多くなり、今年もいくつかの船旅が計画されています。
12月初頭の千葉までの船旅をレポートしていきますよ。

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和光本館

日本の一等地、銀座4丁目の交差点にそびえる和光本館。銀座に特別な建築美と高級感を漂わせ、銀座の「ハイカラ感」を演出するシンボル的な存在になっています。というわけで、日本建築士会連合会の「東京都のランドマーク」にも認定されているのです。

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広重の浮世絵に見る 彦根藩井伊家上屋敷

幕末の大事件、一気に明治維新への流れとなった有名な桜田門外の変は、多くの映画化、ドラマ化がされていますが、殺害された井伊直弼(いいなおすけ)が住んでいたのが彦根藩井伊家上屋敷。門前には桜の井、柳の井という有名な井戸もあって、広重などの錦絵にも数多く描かれています。

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日本国道路元標

東京にはいろいろな原点、元標がありますが、日本橋の橋の上にあるのが日本国道路元標(Kilometer Zero)。その名の通り、道路の起点となるポイントを示したものです。日本橋にあるのは、徳川幕府が定めた五街道(東海道、中山道、日光街道、奥州街道、甲州街道)の起点を明治政府が踏襲したもの。

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ゴジラ像(日比谷シャンテ・合歓の広場)

日比谷の東宝日比谷ビル(「日比谷シャンテ」)北側敷地内の「合歓の広場」に置かれたゴジラ像。東宝スターの手形が貼られていることから、「スターの手形広場」とも呼ばれていますが、ゴジラ生誕40週年を記念して制作されたゴジラ像が印象的です。

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東京最初の街路樹(市内最初の並木)

街路樹の歴史は遠く奈良時代まで遡ります。759(天平宝字3)年、太政官符が発せられ、畿道七道に果樹並木が植栽されました。東京で最初の並木は、明治7年、近代的街路樹として銀座通りにクロマツ、桜が、そして内堀通りにニセアカシアが植栽されました。とくに外来種が植えられた内堀通りは「市内最初の並木」として石碑も残されています。

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国会前庭・北庭(彦根藩井伊家上屋敷跡)

NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』の主人公・井伊直虎は、徳川四天王で、初代彦根藩主・井伊直政(虎松)の養母。1632(寛永9)年、2代藩主・井伊直孝は、3代将軍・徳川家光の後見役となり、熊本藩・加藤家の屋敷だった地を江戸上屋敷としています。これが現在の国会前庭・北庭、憲政記念会館一帯です。

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日本水準原点

首都・東京には、日本国内の様々な「原点」がありますが、これもそのひとつ。国会前庭の北庭、憲政記念館前にあるのが、日本の標高の基準となる「日本水準原点」です。実は、日本の標高は、東京湾の平均海面が基準ですが、それでは干満などによって変異するため、陸上で基準となる測地点と標高が定められているのです。

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江戸城を楽しむ 3×3

東京周辺に住む人でも江戸城に行ったことがある人、江戸城をじっくり見たことがある人は少ないかと。江戸城は、西の丸部分がいわゆる皇居で、皇居一般参観の許可(インターネット申請も可能)が必要。天守台跡があるのが皇居東御苑、さらには北の丸(北の丸公園)に皇居外苑とかなり広大。そこで、見学のポイントとなる江戸城の3×3をご紹介!

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江戸城 桜田門(重要文化財)

江戸城の小田原口に1636(寛永13)年、外濠などを巡らせた江戸城総構(惣構=そうがまえ)の際に桝形門に改築したのが桜田門。1860(安政7)年、この桜田門の外で、水戸藩浪士らによる大老・井伊直弼(いいなおすけ)の暗殺事件が発生。これが映画やドラマ化されている「桜田門外の変」。門は往時のままに現存し国の重要文化財です。

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江戸城 田安門(重要文化財/北の丸公園)

北の丸公園の日本武道館への入口に位置する門。太田道灌(おおたどうかん)築城時代の江戸城では、この場所が田安口(飯田口)で、上州(現・群馬県)・北関東方面への街道の玄関口となっていました。江戸時代初期、江戸城の総構が完成した時代の門が奇跡的に残され、国の重要文化財になっています。

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江戸城 清水門(重要文化財/北の丸公園)

江戸城北の丸(現・北の丸公園)の東門。高麗門と渡櫓門からなる門は、江戸時代のものが現存し、国の重要文化財に(文化庁の管理)。清水門という名の由来は、家康入府で江戸城が築城される以前、中世には清水寺が建っていたとか、清水が湧き出す土地だからともいわれ定かでありません。

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将門塚(平将門の首塚)

大手町のビル街のなかにひっそりと眠っているのが将門塚(しょうもんづか)と通称される平将門(たいらのまさかど)の首塚。もともと神田明神の祀られていた地でもあり、東京を代表するパワースポット。江戸時代には江戸城・大手門を守る酒井雅楽頭(さかいうたのかみ)の上屋敷跡で、有名な「伊達騒動」の終末の地にもなっています。

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江戸城 桜田巽櫓

皇居参観へは桔梗門(内桜田門)の前にある広場に集合しますが、目の前の桔梗濠(ききょうぼり)の向かいにそびえる二重櫓(にじゅうやぐら)が桜田巽櫓(さうらだたつみやぐら)。江戸城本丸の東南(辰巳=巽)の方向にあることが名の由来です。富士見櫓、伏見櫓と並んで江戸城に残る江戸時代の櫓のひとつで、三の丸に位置しています。

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