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根岸なつかし公園 旧柳下邸

明治初頭から、横浜有数の「銅鉄引取商」として輸入鉄鋼の販売を営んでいた柳下平次郎の邸宅が旧柳下邸。明治時代後期から大正時代、海を見渡せる根岸の高台は外国人住宅や、日本人の別荘や邸宅などが数多く建てられました。現存するのは大正時代の半ばに建てられた日本家屋とそれに付随する洋館、そして庭園です。

風光明媚な根岸の高台に築かれた美しい邸宅

西館の浴室
西館の居間はかつての生活空間

当時の風光明媚な根岸湾は、外国人居留者たちからも「ミシシッピ・ベイ」(命名したのはペリー艦隊)として親しまれていました。
元治1年11月21日(1864年12月19日)には、幕府と外国人との間で結ばれた『横浜居留地覚書』により、根岸には競馬場が設立され、外国人遊歩道も高台の競馬場とを結んで整備されていました。

明治時代後期から大正時代にかけて、民間の鉄供給は、洋鉄を輸入して利用する輸入鉄鋼が大部分でした。
そのため、柳下平次、柳下達蔵兄弟は、弁天通に鴨井屋で店を構え、輸入鉄鋼の引取商として財を成していました。

平成8年に横浜市が敷地を取得し建物の寄附を受け、建物を創建当時の姿に復元し「根岸なつかし公園 旧柳下邸」として一般公開しています。
建物は西館、東館、洋館、蔵から構成され、無料で内部の見学が可能です。
玄関のある西館は、浴室・脱衣所、茶の間、居間などの生活空間で、東館が、表玄関、客間・客用便所、仏間(茶室)と応接用に使われていました。
洋館は、関東大震災直後の大正13年に上棟され、2階の洋室は書斎として使用していたと伝えられています。

奥の蔵には、冷蔵庫や蓄音機、足踏みオルガンなどを展示しています。

館内では『旧柳下邸の雛祭り』(2月上旬〜3月上旬)など季節に合わせた展示を実施。

格子の書院窓や床の間の配された東館の客間
洋館1階の洋室

根岸なつかし公園 旧柳下邸 DATA

名称 根岸なつかし公園 旧柳下邸/ねぎしなつかしこうえん きゅうやぎしたてい
Negishi Natsukashi Park(the old House of Yagishita Family)
所在地 神奈川県横浜市磯子区下町10
関連HP 根岸なつかし公園 旧柳下邸公式ホームページ
電車・バスで JR根岸駅から徒歩8分
駐車場 なし/周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ TEL:045-750-5022/FAX:045-750-5022
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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作成者: プレスマンユニオン編集部

日本全国を駆け巡るプレスマンユニオン編集部。I did it,and you can tooを合い言葉に、皆さんの代表として取材。ユーザー代表の気持ちと、記者目線での取材成果を、記事中にたっぷりと活かしています。取材先でプレスマンユニオン取材班を見かけたら、ぜひ声をかけてください! 

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