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大多喜町 見る

弘文洞跡

養老川の支流、蕪来川を川廻し(河川曲流短絡工事)して造った隧道。川廻しとは、江戸時代以降、新田開発を念頭において行なわれた河川の直線化。幕末に蕪来川を隧道(トンネル)を掘削して川の水を直線化したのが弘文洞。残念ながら隧道部分(洞窟部分)は昭和54年5月24日に突然崩落して切り通しとなり、現在では弘文洞跡になっています。

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