八百屋お七墓(円乗寺)

八百屋お七墓(円乗寺)

東京都文京区白山にある天台宗の寺、円乗寺。本堂のすぐ前にあるのが八百屋お七墓。寺伝では、天和2年12月28日(1683年1月25日)の天和の大火(大円寺の塔頭の大竜庵から出火)で焼け出され、菩提寺・円乗寺に避難したのですが、避難中に円乗寺の小姓・山田佐兵衛と恋仲に。家に火をつければまた会えると自宅に放火したとされています。

「法名妙栄禅尼の墓」が数え16歳で火あぶりになったお七の墓

八百屋お七墓(円乗寺)

本堂、お七の墓へと続く円乗寺の参道

八百屋お七墓(円乗寺)

3基あるお七の墓

自宅への放火はすぐに消し止められ小火(ぼや)にとどまりましたが、江戸の放火は極刑。
捕縛されて天和3年(1684年)3月29日(3月28日とも)、鈴ヶ森刑場(千住小塚原とも)で火あぶりにされています。
その時、お七は数えで16歳。

本堂前にある「法名妙栄禅尼の墓」が天和3年3月29日に亡くなったがお七の墓。
墓は3基ありますが、中央は寺の住職が供養のために建てたもの。
左側が近所の有志の人たちが、270回忌の供養で建立したもの。
さらに右側は、寛政年間(1787年〜1793年)に歌舞伎役者の五代目・岩井半四郎がお七の墓として墓石を奉納したものです。
毎年3月29日がお七の命日として供養が行なわれています。

極刑だった罪人に墓が許されるのかも疑問視されるところで、鈴ヶ森刑場に程近い真言宗寺院・密厳院には、お七が埋葬されたとの伝承が残されています。

円乗寺は、天正9年(1581年)に密蔵院として開創され、元和6年(1620年)に円乗寺と名を改めています。
本尊は釈迦牟尼如来と、江戸三十三観音第11番札所の聖観世音菩薩。
江戸の昔から縁結び、火伏(ひぶせ)にご利益があると有名です。

現在も参詣者が絶えませんが、ドラマなどでお七を扱う時には、ヒット祈願に俳優が訪れるとのことです。
岩井半四郎が墓石を奉納したのも、歌舞伎でお七を演じて好評だったからとか。

八百屋お七墓(円乗寺)

境内入り口にあるお七地蔵

江戸切絵図に見る 円乗寺

白山権現は、明治の神仏分離で白山神社になっていますが、周辺の寺町は健在です。

八百屋お七墓(円乗寺)

八百屋お七墓(円乗寺) DATA

名称 八百屋お七の墓(円乗寺)/やおやおしちのはか(えんじょうじ)
Oshichi Yaoya grave (enjoji)
所在地 東京都文京区白山1-34-6
関連HP http://www.city.bunkyo.lg.jp/index.html
電車・バスで 都営地下鉄三田線白山駅から徒歩1分
駐車場 なし/周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ 円乗寺TEL:03-3812-7865
掲載の内容は取材時のものです、最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

八百屋お七墓(円乗寺)

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