第64回浦賀みなと祭(横須賀市)

嘉永6年6月3日(1853年7月8日)、ペリー提督率いる黒船が東京湾浦賀沖に来航。旗艦「サスケハナ」(蒸気外輪フリゲート)など4隻の黒船は日本を開国へと誘いました。その舞台である横須賀市浦賀港周辺で繰り広げられる歴史ある夏祭りが『浦賀みなと祭』です。

西浦賀みなと緑地をメイン会場に行なわれる浦賀・鴨居の夏祭り

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西浦賀みなと緑地をメイン会場に、関東大震災受難者慰霊法要(関東大震災慰霊塔前=西渡船場の脇)、水難者・引揚船関連戦病死者及び浦賀・鴨居地区の戦争犠牲者の慰霊法要(浦賀港引揚記念の碑前=西浦賀みなと緑地)、奉納舞・ミニ灯籠(浦賀港引揚記念の碑前=西浦賀みなと緑地)、大灯籠・陸上まつり囃子・模擬店(浦賀港西岸物揚場)などが行なわれ、フィナーレは浦賀港沖の海上に浮かぶ台船から花火が500発ほど打ち上げられます((19:30~20:00)。
「シーフレンド1」船上からの花火観覧は事前の申し込みが必要です。

浦賀みなと祭

東京湾観光情報局MEMO/関東大震災と浦賀

横須賀市西浦賀町1丁目にある「関東大震災慰霊塔」(昭和47年9月1日建立)。大正12(1923)年9月1日の関東大震災当時、三浦郡浦賀町だった浦賀港一帯は昔からの港町の風情を色濃く残し、土蔵が建ち並んでいました。そんな昔町も8割の建物が倒壊または半壊。浦賀船渠株式会社の大工場も倒壊。昼食時ということで、奇跡的に死者10名傷者100余名という犠牲ですみました。背後の愛宕山は崩落し、人家74戸と住民100余名とを埋め尽くしました。
慰霊塔には、「当時の浦賀町は神奈川県では横浜市、横須賀市、小田原町に次ぐ人口を擁し、家屋の倒壊・火災・崖崩れなどによって307名の死者がでました」と刻まれています。
横須賀市の資料によれば、浦賀町3250戸のうち、全半壊2313戸、全焼131戸、死者約150名となっています。

浦賀みなと祭 DATA

開催日 2016年8月20日(土)
開催時間 10:00~20:00
所在地 神奈川県横須賀市西浦賀1(西浦賀みなと緑地)
場所 西浦賀みなと緑地及び浦賀港周辺地域
地図
電車・バスで 京急浦賀駅下車徒歩15分。または、京急浦賀駅から久里浜駅行きバスで5分、紺屋町下車、すぐ
問い合わせ 浦賀みなと祭実行委員会TEL:046-841-4155
横須賀市コールセンターTEL:046-822-2500(当日の開催確認、8:00〜)
浦賀みなと祭

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